辻 徹 展のご案内

2016.02.14 gallery yamahon 展覧会情報 過去の展覧会

VOL.94_Toru Tsuji_Exhibition

辻 徹 刻

会期 2016年3月19日(土)〜 4月10日(日)
開廊時間 11:00〜17:30
休廊日 火曜
場所 gallery yamahon
作家在廊日 初日 3月19日(土)

TORU TSUJI: PHOTOGRAPHY EXHIBITION

March 19, 2016- April 10, 2016
Wednesday- Monday 11:00 - 17:30
Map: gallery yamahon


これまでギャラリーやまほんでは工芸家の作品を中心に紹介してき ましたが、本展では初めてとなる写真展を開催致します。
昨年、辻徹氏の写真集「刻」-が出版されました。1980 年代~2015 年までの膨大な作品の中から刻(とき)というテーマで一冊にまと められました。本展では厳選され制作された作品集から展示を致し ます。辻徹の写真は鑑賞者を緩やかに引き込んでいく魅力がありま す。風景や植物、私たちが見慣れた被写体ではありますが、じっく り眺めていくと潮の満ち干きのように言葉にならない感覚が浮かび 上がり、やがて消えていきます。曖昧で言葉にならない感覚をはっ きりと心に留めておくことは難しいものです。しかしその向こうに は深く広い美の世界があることも私たちは知っています。美術史家・ 土田真紀氏は辻徹の展覧会に触れ、「もののあわれ」という日本の 美の体系として氏の作品を評しています。
波や霧が一時として同じところに留まることはありません。海辺に 傾く棒もまたいづれは朽ちゆくでしょう。辻氏の作品は西洋の偉大 な美の理想でもある歴史的価値や確固とした永続性のあるものでは なく、自然が胎動し、沈降する即今(いま)を表現しています。一 見すると見落としてしまいそうな確かでないもの、そこには「はかなさ」という美があるように思えます。本展ではどうぞ歩幅を緩め、耳を澄ませて作品と対 話して頂きたいと思います。

山本忠臣


彼らはいまここに現れてこようとしているのか、あるいはいまここ から消えていこうとしているのか。辻徹の写真を見ているとそのよ うな問いが浮かんでくる。そこでは白馬もくらげも小屋も草花も、 日常の時空に確かに位置を占めてはいない。静かに現れて消えて行 くまでのほんのひととき、そのどこでもない場所で偶然辻と出会い、 彼が持ち歩くひときわ透明なカメラのレンズの前に気まぐれに立ち 止まっただけなのではないか。
 もちろんどんなカメラのレンズも等しく透明であるから、ひとき わ透明なのはレンズというより辻の眼なのだろう。その眼のあり様 は、人間の眼というより、岩田慶治(文化人類学者)が語る道元の 鏡のようである。その鏡は「裏表とも曇りのない透明なもの」で「そ の上であらゆる存在をあるべきものにあらしめ」る(岩田慶治『道 元との対話』)。 -略- 難しいのは人間の眼がそのような鏡にな りきることである。ありとあらゆることに執着する人間の眼が「曇 りのない透明なもの」になることは不可能に近い。私は辻徹その人 についてはわずかな会話の記憶と、今回の展覧会に合わせて出版さ れたカタログに記されたプロフィール以上のものを知らないので、 断言はできないが、ひょっとすると辻はその不可能に近い眼を持っ た人なのかもしれないと思う。
ではその眼は「心無い」のかといえば、決してそのようには思えない。 含羞とともに隠された眼の奥の奥でむしろ誰よりも深い情が動いて いて、それが隠しきれないものとして我々を捕らえるのである。 -略
土田真紀 引用 「芸術批評誌 REAR no36」


We have mainly exhibited Japanese craft by artists, but this time, we will have our first photography exhibition by Toru Tsuji. He published the photography book titled “TOKI” last year, which are selected from a huge amount of the pictures he had taken from 1980s to 2015. We will exhibit well-selected pictures from the collections.
His photography attracts us and gently takes us into it. Although the objects are familiar to us such as landscape and plants, when we take time to see them, some feeling that we cannot explain in exact words come up and disappear eventually. It is difficult to remember the vague and wordless feeling, however, we know that there is a gracious and beautiful world over his photography. Maki Tsuchida who is the art historian evaluated his exhibition as the Japanese view on beauty called “MONO NO AWARE”, which is a Japanese term for the awareness of impermanence.
Waves and fogs never stay. Poles standing in the sea would rot eventually. His photographs express the moment that the nature is coming up and going away, which doesn’t have historic value or persistence that are considered as the western ideals of beauty. There might be the aesthetics to the mutability of the things that we could not notice because of the uncertainty. We hope you will take your time to see the exhibition. (Tadaomi Yamamoto, GALLERY YAMAHON)

Are they appearing here right now, or disappearing from here? This question always comes up when I see his photographs. The white horse, the jellyfishes, the hut, and the flowers, they are little things in our life. They may have happened to see him and stopped temperamentally in front of his camera, which has quite clear lens.
Needless to say, since every lens is equally clear, the clearness comes form his eyes. His eyes are more like the mirror of Dohgen than human eyes. The mirror is “completely clear on both sides”, and “it lets every single existence be as it is”. (Keiji Iwata, Dialogue with Dohgen) [...]. The difficult aspect is that human eyes get into the mirror. That would be impossible for human eyes, which always get attached to everything, to be completely clear. Because I have little information about him that is from some conversation with him, and the profile on his photography book, it can hardly be said, but He might the person who has the eyes that would be impossible to be.
However, I don’t think his eyes are mindless. Much benevolence is deep inside his eyes and that touches our hearts. [...]. (Maki Tsuchida, the art review magazine REAR no36)


PROFILE

辻 徹 Toru Tsuji
1945年東京生まれ
幼稚園の卒園を待たず各地を放浪。30業種を超えるアルバイトを経る。日大芸術学部に7年在籍後中退。 流通、交通関係PR誌の編集に参加・撮影にたずさわる。仕事を超えたコマーシャルリズムにとらわれない自分なりの表現を求めてゆくなか、森羅万象のはかなさに辿り着き、以後そのはかなさを自分の価値基準として写真を撮り続ける。
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